治験開始のお知らせ(一般の方へ)このページを印刷する - 治験開始のお知らせ(一般の方へ)

1.初めに

国立病院機構いわき病院受託研究審査委員会委員長 診療特別顧問 尾田 宣仁

 また20世紀後半まで前途有為の若者の命を無残にも奪い、業病とも恐れられた結核もストレプトマイシンを初めとする各種抗結核薬の開発で治癒可能な感染症となりましたし、慢性関節リューマチに対しましても関節変形を招くのを防止する生物学的製剤と呼ばれる薬剤が登場し、大きな成果を挙げております。

 また現在死因第1位である癌に対しましても、副作用が少なく効果の大きい抗癌剤が続々開発され、中にはある種の白血病のように治癒可能なものも出てきました。心臓ペースメーカーの登場と、その性能向上はどれだけ多くの心臓病患者さんの生活の質を向上させたか想像に難くありません。

 縄文・弥生時代の日本人の平均寿命は20歳代であったと推定されておりますし、江戸時代~明治時代ですら30~40歳代であり、第二次世界大戦以前でも50歳代前半でした。

 現在の私たちが健常で長寿な生活を享受できるのも、このような医薬品、医療機器の開発、応用、発展があり、それを私たち個々人に対してまで還元できるようにした、先人たちの努力と犠牲があったればこそなのです。

2.治験とは何か

 このように私たち人類に多大の幸福をもたらして来た各種医薬品、医療機器も、勿論初めから現在のように存在していたわけではありません。

 薬品と呼ばれるものが登場したのもようやく20世紀になってからですし、第二次世界大戦のさなかにフレミングが発見した抗生物質であるペニシリンが登場するまでは、人類は感染症には殆ど無力でした。20世紀になってからの近代科学の目覚しい発展も抗生物質や各種薬剤の発見、合成に多大の貢献をなし、数多くの薬剤候補品が作成されました。

 しかしそれらの物質が実際に臨床応用されるまでには幾多の動物実験、人への投与試験が反復され安全性、臨床効果が確認された後、初めて患者さんに投与できるようになるのです。即ち薬剤が臨床応用されるまでには、少なくとも日本では、以下の過程を経なければなりません。

化学合成あるいは自然界(土壌中の微生物など)産生品の中で薬物候補の抽出

動物の細胞、あるいは動物自体(兎、鼠、犬、猫など)を使った実験

安全性に問題なし

存在する場合は病気のモデル動物に投与

安全で有効

臨床第1相試験(少数の健康な成人ボランティアに投与)

安全性に問題なし

臨床第2相試験(少数の患者さんに投与)

安全性と有効性の確認

臨床第3相試験(多くの患者さんを対象に投与)

安全性と有効性の再確認

厚生労働省(具体的には中央薬事審議会)に製造販売の申請

第3相までのデーターの検討、審査

追加実験の要請、諾否の決定

 以上の過程を経てはじめて新規薬剤が市販を許され、広く臨床応用される事が可能となるのです。
 この過程自体に平均10年前後かかりますし、この過程で薬剤候補品の多くが消えていきます。このように多くの時間と労力、資金が費やされて始めて新しい薬剤が臨床応用されるのです。
 治験とは臨床第1相試験以下の、人を対象とした薬剤投与試験のことを言います。

 以上の過程を経てはじめて新規薬剤が市販を許され、広く臨床応用される事が可能となるのです。

 この過程自体に平均10年前後かかりますし、この過程で薬剤候補品の多くが消えていきます。このように多くの時間と労力、資金が費やされて始めて新しい薬剤が臨床応用されるのです。

 治験とは臨床第1相試験以下の、人を対象とした薬剤投与試験のことを言います。

3.治験は何故必要か

 これだけ医学が進歩し、多くの病気が治療可能となってまいりました現代ですが、それでもなお神経難病、癌、先天性代謝異常症、精神疾患など有効な治療手段の確立を待ち望んでいる数多くの病気が存在いたします。そうした方々に対し一刻も早く安全で効力の高い治療薬を提供してあげたいというのは万人の願いでしょう。

 一方、申すまでもありませんがネズミ、犬などの動物と人間はまったく異なります。何が違うかと言いますと、体を構成している染色体、遺伝子、蛋白質、酵素などがまったく異なっております。人間に最も近いといわれているサルでさえも前述した要素は人間とは異なります。

 従いまして動物実験では安全、有効であっても実際人間に応用した時には有害、無効である場合が幾らでもあるのです。従いまして候補薬が実際に人間に使えるか否かの最終確認は、どうしても人間を用いた臨床試験が不可欠なのです。しかもそれは日本人でなければいけません。人間であれば欧米人であろうが日本人であろうがアフリカ人であろうが皆同じだから欧米で安全性、有効性が確認され認可されている薬剤であるのなら、わざわざ日本人で1から試験を開始しないで、そのまま使用を認めたら良いと思われるかもしれません。

 しかし同じ人間でも人種により酵素活性、薬物有効性は微妙に異なるのです。たとえば肺癌治療薬であるゲフィチニブ(商品名:イレッサ)は欧米での成績を主な根拠に日本でも認可されましたが、欧米では発生頻度が極めて低かった副作用である急性肺障害、肺線維症発現で多くの日本人患者が死亡し大問題となりました。この原因も欧米人と日本人での、この薬剤に対する代謝酵素活性の相違に起因するものであることが判明いたしました。従いまして新薬の臨床応用試験(治験)は日本人による日本人のためのデーター集積が必要不可欠なのです。

4.治験参加の意義と得失

 治験に参加することは、同じ病気で苦しむ多くの患者さんに対し救いの手を差し伸べることが出来るかもしれない、人類愛に満ちた、医学・医療の進歩に自身を参加させる 崇高で気高い行為なのです。臨床試験までたどり着いた治験薬はそれ相応にこれまでの薬剤では得られない有効性を期待しうる薬剤なのですから、治験参加により最先端の有用な治療を受けられる可能性があります。

 また、これまで以上に綿密で精細な診察も受けられますし、一部経済的なメリットもありえます。他方来院回数が増え、採血などの検査も増え、併用薬剤の制限もあり、更には想定外の副作用発現により不利益を蒙る可能性も否定しえません。最悪の場合副作用による死亡の危険性も皆無とは申せません。

 従いまして治験参加の諾否は医師および治験コーディネーター(CRCと言います)と呼ばれる職種から十分な説明を受け、十分納得した上で決定してください。もし治験に御参加いただけなくとも現状で最善の治療は継続いたしますし、また、いったん治験参加に応諾いただきましても、いつでも取り消すことは出来ますし、その事によって何の不利益も蒙りません。

5.独立行政法人国立病院機構いわき病院で治験を行う意義

 国立病院機構は全国に146の病院を有する日本最大の病院ネットワークで数多くの診療科、病床、医師・看護師・薬剤師・検査技師・栄養士・リハビリテーション療法士・事務職員などを有しております。

 この国立病院機構では3つの大きな使命を掲げております。

 第1に患者さんの目線に立ち安全で質の高い医療を地域住民に提供すること、

 第2に優秀な医療関連スタッフを養成すること、

 

 第3に診療の科学的根拠となる臨床研究や治療法の開発、および新しい医薬品の開発など医学・医療の進歩に貢献することです。

 治験の積極的な推進はまさに第1および第3の使命に合致する、日本国民の安寧と幸福に寄与する国立病院機構ならではの責務と考えております。

 福島県のみならず東北地方南部~関東北部の太平洋沿岸地域の、特に神経難病センターとして機能しつつある当院におきましても、国立病院機構の一員として治験体制を整え地域住民に対する最先端医療を提供する責務を果たすべく、必要な人員を確保し治験組織も整備いたしました。

 今後は神経難病疾患を中心に、全国の国立病院機構とともに治験を推進していく所存でございます。皆様の御支援をお願い申し上げます。